公務員はインサイダー情報に触れる機会があり、それらをもとに株式の取引をした場合、インサイダー取引を行ったとして刑事罰等を受けるおそれがあります。
仮にインサイダー取引に該当しなかったとしても、その疑いがあっただけでも住民の信頼を損なったとして、強い非難を受けることになります。
株式取引をする公務員は、インサイダー取引にあたらないように、またインサイダー取引であるとの疑いをもたれないように、意識していなければなりません。
目次
株式取引にかかる公務員のインサイダー取引
株式取引にかかる公務員のインサイダー取引といえば、いわゆる「経済産業省審議官インサイダー取引事件」が有名です。
経済産業省審議官インサイダー取引事件
平成21年、経済産業省商務情報政策局審議官が、半導体大手「NECエレクトロニクス」と「ルネサステクノロジ」が合併するという内部情報を得て、妻名義の証券口座を利用して5,000株を購入。値上がりした後で市場で売却し利益を得た。
さらに半導体大手「エルピーダメモリ」再建策の情報を得て、その公表前に同社の3,000株を購入した。一審は、懲役1年6月執行猶予3年及び罰金100万円、課徴金1031万9500円の判決、控訴審では控訴棄却、上告も棄却され、一審の判決が確定。
参考:日本経済新聞 経産幹部をインサイダー取引容疑で逮捕 東京地検
Wikipedia 経済産業省審議官インサイダー取引事件
公務員の場合、意図的なインサイダー取引の機会もありますが、意図しないインサイダー取引をしてしまうおそれもあります。
株取引にあたっては、インサイダー取引にあたらないように慎重になる必要があります。
インサイダー取引の要件
インサイダー取引(内部者取引)は、未公開情報を不法に共有・利用して証券市場取引を行い、情報を持たない投資家に損害を与える犯罪的行為です。
インサイダー取引の要件は次のとおりになっています(金融商品商品取引法第166条)。
- 会社関係者等及び第一情報受領者が、【内部者が】
- 上場会社等の業務等に関する【株式の発行元の】
- 重要事実を、【インサイダー情報を】
- その者の職務等に関し知りながら、【故意に】
- 当該重要事実が公表される前に、【規制される期間に】
- 当該上場会社等の株券等の売買等を行うこと【売買することが規制される】
これら6つの要件に該当する取引をインサイダー取引といいます。
公務員の場合、特に1.と4.には注意が必要です。
1.会社関係者等が、【内部者が】
会社関係者等
「会社関係者等」には、「会社関係者」のほか「過去1年以内に会社関係者だった人」を含みます。
「会社関係者」は、
- 役員:その会社の取締役、監査役、会計参与、執行役等
- 従業員:その会社の従業員(契約社員、派遣社員、アルバイトも含む
- 契約締結者:その会社の取引先、取引銀行のほか、顧問弁護士・会計士・税理士等
- 法令に基づく権限がある人:その会社の監督官庁にいる公務員
- 大株主等:総株式の3%以上を保有する株主
公務員は、監督官庁にいる公務員に該当する場合があります。
第一情報受領者
「第一情報受領者」は、「会社関係者等」からインサイダー情報を受け取った人です。
例えば、
- 起案文書等で、インサイダー情報を含む資料を見てしまう
- 職場(喫煙室等を含む)で、インサイダー情報を含む話を聞いてしまう
- 飲み会等で、インサイダー情報を聞いてしまう
- プレス発表の資料を見てしまう
等でインサイダー情報を知ってしまうと、第一情報受領者に該当します。
2.上場会社等の業務等に関する【株式の発行元の】
「上場企業等」は、上場企業だけでなく、それに関連する一定の企業も含みます。
例えば、
・上場会社の子会社
・スポンサー等、特定の関係にある法人
・不動産投資信託(REIT)を発行する投資法人
等も「上場企業等」に該当します。
3.重要事実を、【インサイダー情報を】
「重要事実」は、株価の騰落に関わるような具体的な事柄で、いわゆる「インサイダー情報」です。
「インサイダー情報」は
- 決定事実
- 発生事実
- 決算情報
- バスケット条項
に分類されます。
決定事実
株価に変動が生じてもおかしくない、重要な事柄の決定に関する事実です。
株式募集、業務提携や合併、剰余金の配当等に関する情報が代表的です。
経済官庁や一部の部署ではこうした情報を公表前に知ることがあるでしょう。
発生事実
偶発的な重大な事柄に関する事実です。
天災による大きな損害、主要取引先との取引停止、主要株主の異動等に関する情報が考えられます。
監督官庁や経済官庁等では、相当早い時期に知りうる情報です。
決算情報
決算に関する情報です。
これも監督官庁や経済官庁等は早い時期に知り得ます。
バスケット条項事実
その他、投資判断に影響を与える重要事実と考えられる事実です。
軽微基準
なお、重要事実に該当しない、株価には影響しないほど小規模なものは、インサイダー情報となる重要事実とはしません。
重要事項とするかどうかを定めるのが軽微基準です。
4.その者の職務等に関し知りながら、【故意に】
故意については、インサイダー情報と明確に認識していた場合だけでなく、未必の故意を含みます。
公務では重要情報が何気なくやり取りされていることがあります。
職務の中で知った「儲け話」と思える情報に基づいて株取引は、インサイダー取引となる危険があります。
5.当該重要事実が公表される前に、【規制される期間に】
重要事実の公表は、次の場合になされたことになります。
- 2以上の報道機関に対して重要事実を公開した後、12時間が経過した場合
- 金融商品取引所に対する通知および金融商品取引所による公衆縦覧がなされた場合
- 重要事実が記載された有価証券届出書、有価証券報告書、臨時報告書等が公衆の縦覧に供された場合
これらのいずれかがあった時に公表されたことになります。
なお、報道機関への公開は、単に報道機関にリークされたものではなく、会社によって公開された情報だと投資家が確定的に知ることができる形だる必要があります。
したがって、会社の意思決定に関する重要事実を内容とする報道がされたとしても、情報源が公にされない限り、規制される期間になります。
6.当該上場会社等の株券等の売買等を行うこと【売買することが規制される】
インサイダー取引として規制されるのは、自分の意思で売買する場合等で、相続等で取得した株式等は規制対象外です。
ただし、利益確定前であっても、予想に反して損をしていても、(6)の要件を満たすことになります。
インサイダー取引を行った行為者への制裁
インサイダー取引を行ったものに対して、次の刑罰が定められています。
- 5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金又はこれらの併科(金融商品取引法第197条の2)
- 犯罪行為により得た財産について必要的没収・追徴(金融商品取引法第198条の2)
- 違反者の経済的利得相当額の課徴金(金融商品取引法第175条)
当然懲戒処分の対象にもなります。